カテゴリー別アーカイブ: 実録・はじめての喪主物語

最終回・はじめての喪主物語

「実録・はじめての喪主物語」深夜に父が他界。そこから大慌てで葬儀場を手配し、方方に電話をかけ、葬儀のお知らせ。祭壇だの、花だの、香典返しだの、遺影の写真だのと葬儀場の人とみっちり打ち合わせ。結婚式の打ち合わせを一晩でやるみたいなものです。バタバタで迎えた通夜を終え、深夜までのお食事会。仮眠して朝からお葬式。父の遺体と一緒に霊柩車に乗って火葬場到着。いよいよ最終回です。

第1回 実録・はじめての喪主物語 (もしゅものがたり)

第2回 続・はじめての喪主物語(もしゅものがたり)

火葬場でのお話はガッツリ省略させていただきます。ダラダラと長すぎるので。ざっくり以下のような流れです。

    1. 焼き場に入る前に最期のお別れ的な感じで、少し時間がとられました。
    2. いよいよ父の棺が焼き場に納められます。
    3. 「点火スイッチを押す」という喪主・イシカワにとっての大仕事が待っていました。これが結構辛い。身体的疲労&精神的疲労のピークです。
    4. 火葬が終わるまで葬儀場に戻って仕出し弁当で昼食会です。少し休憩をして再び火葬場に戻ります。
    5. 火葬場に到着すると、骨になった父と初対面です。あぁ、本当に父の人生は終わったんだな、と実感します。
    6. 父のお骨を箸で代わる代わる骨壷に入れていきます。あぁこれで終わったんだ!という実感が湧きました。
    7. 葬儀場に再び戻って初七日法要というお経を再びです。ここは身内だけでまさかの家族全員爆睡だったそうです。(後方に座っていた親戚談)
    8. 自宅に帰って香典の計算、参列してくれた方の住所録の作成
    9. 葬儀場に行ってお葬式代の精算(250万円程だったと記憶)
    10. お寺に行って、7日法要、月命日のお参りの依頼
    11. ・・・

父の人生も、初めての喪主もこれで終わり。相続もこれで終わり。やっぱり相続って大変なんだな、と一息ついていました。 渦中の社会人3年目・喪主・イシカワにはわかりませんでした、これはまだ相続の入り口であるということが。このあと人生崩壊の悲劇が待っているなどとはこの時点では思ってもおりません。

今回のお話は、8年前26歳のイシカワが父の葬儀ではじめて喪主をつとめたときのお話。次回からは、その相続で人生崩壊の危機を迎えた実録・2代目ド素人社長イシカワの悲劇の物語であります。

会社会計のプロである税理士さんをして「本になる!」「うちのクライアントのためにセミナーを開いてほしい!」と言わしめた、相続および自営業相続の生きる失敗例であるわたくしイシカワのノンフィクション物語です。

親が自営業の方、胃薬をご用意の上お読み下さい。うちに限っては大丈夫。そう思っているそこのあなた!危険です!早速ブックマークを!わたくし全く同じことを考えておりました!なぜなら「おれが死んだら、お前たちは生命保険で金持ちだな!はっはっはっ!」と高笑いしていた父の息子は、その相続でボッロボロになりましたからね。

「あっ、そういえば実家の住宅ローンがまだ残っている!」と葬儀のあと思い出しました。団体信用生命保険の手続きをしなければ!さすがたった3年とは言え、契約件数100件ピッタリ不動産売買を担当した宅地建物取引士イシカワ、父の住宅ローンがあることによく気がついた。

あれ?団信の手続きってどうやるんだ?親父ってどこの銀行で借りてるんだ?

「ご主人が亡くなったら住宅ローンはチャラになりますよ!」

お客さんにはそうお伝えしておいて、いざ自分の親が亡くなったとき、どの銀行で住宅ローンを組んでいるのか、どうすればチャラにしてもらえるのかさえ知らない・・・なんて無責任な(汗。不動産の営業マンなんて所詮はこんなものです。今回はここまでです。それではm(__)m

喪主&2代目ド素人社長 イシカワ

 

 

 

遺産整理のグランアシスト 石川良典

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No.2  実録・はじめての喪主物語 (もしゅものがたり)

No.3  続・はじめての喪主物語(もしゅものがたり)

続・はじめての喪主物語(もしゅものがたり)

「実録・はじめての喪主物語」は読むだけで寝不足になる、という感想をいただきます。その通り、喪主は常に寝不足なのです。

深夜に父が他界したとの知らせを受け、葬儀の準備がスタート。ようやく通夜が終って一安心。その間、ほとんど寝る暇はありませんでした。これでようやくゆっくりできると思っていました。本当にそう思っていました。あとは葬儀だけだと・・・甘かった。

前回のBlogはこちら⇨実録・はじめての喪主物語 (もしゅものがたり)

通夜の後、「ささやかながらお食事をご用意いたしましたので・・・」という喪主イシカワの合図で、親族や父と親しかった方々などなどが別室に集まって、軽いお弁当みたいなものでお食事会が開かれました。あれから何度か通夜に参列しましたが、やはり通夜の後はそのような簡単なお食事会があるようです。お酒も振る舞われます。「本日はお忙しい中・・・」と瓶ビールを持って挨拶周りをするモス・イシカワ。喪主をモスと打ってしまいましたが、それ位ヘロンへロンになるということです。思い出すだけで辛いわけです。

なんだかんだで時間は過ぎ、最後にお帰りになる方を深夜にお見送り。葬儀場にあるシャワーを浴び、後片付けをして、明日のご挨拶の定型文に目を通して、就寝です。ようやく眠れる、ようやく・・・と瞬きをした瞬間、朝でした。高校時代のラグビー部地獄の合宿を思い出すほどの瞬きモーニングです。

いよいよ葬儀が始まりました。通夜と違い、葬儀は午前スタート。本日もありがたいことに大盛況。眠さは通夜の比ではありません。お経というヒーリングソングが疲れた身体に心地よく眠気はピークに。それでも大勢の前で喪主が寝るわけにはいきません。心はもうそこにはありませんが、目だけは全開にすることだけを心がけ、とにかく時間が過ぎるのを待ちました。お焼香が始まるとやることは通夜と同じ。立ち上がってひたすら頭を下げるのです。これがかなり辛い。何度も脚が攣りそうになり、こっそりアキレス腱伸ばし。横を見れば、家族一同ボロボロです。父が亡くなった悲しみよりも、この疲労感が堪えます。でも、わたしは知っている。あなたたちは喪主よりもたくさん寝ていることを・・・。それはさて置き、

有難いほど長蛇の列だったお焼香も終わり、ついに出棺の時であります。と、その前に喪主の最後の挨拶。どうも皆さん、父のためにありがとうございます的な感じで終了。いよいよ出棺であります。なんて呼ぶのでしょうか、あの木の板に漢字がつらつら書いてあるあれを喪主・イシカワは持ちます。そして、母は父の写真を。そんな感じだったと思います。父が大好きだったエリック・クラプトンのオーバー・ザ・レインボーがBGMとして流れてきます。最近の葬儀はオシャレです。ここでみなさんの涙もピーク。喪主の疲労もピーク。最後のお別れであります。

ここで母が一発ボケてくれました。「本当に奇跡みたいだね!このタイミングでお父さんが大好きだった曲が流れるなんて!」。綿密なる打ち合わせのもと、この曲を選び、満身創痍の中、実家にCDまで取りに行った喪主・長男イシカワの苦労を知らないのか、と気がついたら手がグーになっていました。26歳であやうくグレるところでありました。

ふうぁ〜〜〜ん。という霊柩車の合図で出発です。霊柩車の助手席、人生初体験であります。老若男女、津々浦々に一斉に手を合わされます。まるでなにかの教祖になったような不思議な気持ちになりました。それはさて置き、向かうは火葬場。車で約30分。ここで、運転手をしてくれている葬儀会社の方に、勇気を出して質問です。「あの〜寝てもいいですか?」

目を開けるとそこは火葬場。30分間の快適なドライブ。漢字がいっぱい書いてある木の板にはヨダレが・・・。それは今までひた隠しにしてきた事実。そうそう、遺体を火葬するためには役所に死亡届を提出して、火葬許可というものをもらわなければなりません。詳しくは役所のHPでも見ることができますが、いきなり行って焼いてもらうことはできない、ということだけでも覚えておくといいと思います。参考まで⇨名古屋市:葬儀・死亡(暮らしの情報)

さあ、これで通夜、葬式は無事に終わりました。この火葬場で最後・・・。いやいや、まだまだ終わりませんよ。過酷な喪主合宿はまだまだ続きます。今日のところはこの辺で失礼します。続きはまた次回にします。それではm(__)m

喪主・イシカワ

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実録・はじめての喪主物語 (もしゅものがたり)

 相続というやつは、本当に厄介で面倒です。中でも葬儀の「喪主(もしゅ)」というのはなかなかパンチの効いた大変さがあります。相続の大変さは、なんと言ってもその「手続き」です。それは葬儀場の手配から早くも始まります。このBlogの著者イシカワ、当時26歳。人生初の「喪主」を務めるときがやってきました。それでは「実録・はじめての喪主物語」のスタートです。

深夜1時過ぎ、携帯電話が鳴る。父が亡くなったとの知らせである。深夜の病院。ここから試練は始まります。深夜にも関わらず、できるだけ早く遺体を病院から出して欲しいと病院サイドに言われます。そこで早速、葬儀会社に連絡。葬儀会社に連絡?それもよくわからない。どこに電話すればいいのだ。そうだ、おじいちゃんの葬式をやった所にお願いしよう!と104で電話番号を調べてTEL。ようやくその葬儀場に連絡がつながるも、先約があり、無理だという。葬式に先約ってなんだよ!と思いながら、親戚に「どこかないかな〜?」と相談。もう一軒、104で電話番号を調べてTEL。つながらない・・・。どうする、どうするってなことで、父の実家の近くの、わりと最近できたという葬儀場になんとかお願いすることができました。

電話を切るとすぐに迎えに来てくれます。遺体は父の実家に向かうことになりました。すでに朝方であります。仮眠する暇もなく、悲しみに暮れる暇もなく、葬儀会社の担当の方と打ち合わせです。喪主は私であります。

祭壇はどれにする、花はどんな感じにしますか、BGMのリクエストはありますか、何人くらい来そうですか、香典返しはどれにしますか、お寺さんはどちらに頼まれますか、遺影はどれにしますか、遺影の背景は?、となんだかんだやっているうちに寝る時間はなくなります。

妙なテンションのまま、父の携帯から名前を聞いたことがある主要人物に電話。父が亡くなったことを伝えると、皆さん驚きのリアクション、中には電話の向こうでウォンウォンと泣き出す人まで。父のために大変ありがたいことなのですが、もはや手続きの一つとなってしまっている喪主イシカワであります。葬儀の知らせを済ませるとさっさと次のコールです。事務作業であります。その間、会社には行けません。上司や同僚が非常に心配してくれて、仕事のことは気にするな、と言ってはくれますが、営業マンだった石川の電話にはお客様からの電話がじゃんじゃん。個人成績を重視する会社であったため、さすがに同僚にお願いする訳にもいかず・・・。パンパンの状態になっていきます。

休む間もなくお寺の僧侶さんが父の実家にやってきてお経。さすがにウトウトするも、親戚一同を前に喪主がうたた寝するわけにもいかず、なんとか耐え切る。さぁ、葬儀場に移動していよいよ通夜の始まり、始まり〜。一旦帰宅して、喪服に着替えます。

葬儀場に着くと、結婚式よろしく、司会者の方と一通りの段取りを打ち合わせ。会社の同僚がなんとありがたいことか、受付けを買って出てくれまして、一安心。喪主の挨拶はサンプル文を渡され、控室でちょっと練習。で、ぞくぞくと参列者が集まってくる。57歳の誕生日から1週間後に亡くなった父。現役バリバリだったため交流も多い。ぞくぞく、ぞっくぞくとご参列の皆様が。そしてお寺さんが正装で登場。お経が始まります。長い、とにかく長い!人が多い分、お焼香の列が長い!その間、ず〜っと立って、おじぎm(_ _)m足がパッツパツ。横で和装したオカン、大丈夫か?と思いながらもなんとか終了。通夜の場合は、喪主の挨拶も業務連絡みたいなもの。パッパと定型文通りにしゃべって終わりました。

さぁ、通夜も無事に終わり、明日の葬式を終えればぐっすり眠れる・・・。という甘い考えは通用しませんでした。「実録・初めての喪主物語」まだまだ終わりませんので今日のところはこの辺りで。続きはまた次回にします。それではm(__)m

喪主・イシカワ

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