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あぁ素晴らしきかなモバイルWi-Fi(フィリピン出張編)

 暑い。5月のフィリピンはサマーシーズン真っ只中!聞けば5月末まで夏休み。6月に入学式だそうです。今回の出張はフィリピン・マニラ。成田から約5時間のフライトです。

 海外いろいろな場所に行くことになると、日本との連絡手段、特に携帯電話やインターネット環境がどうしても気になってくるんです。家族との連絡はもちろん、日本にいるお客様、他国に在住のお客様との連絡。海外にいるときの「連絡手段」はとても重要になってくるのです。

 海外にいるから連絡が取れません、では話になりません。滞在先のホテルは、Wi-Fi完備が絶対条件。LINEやSkype同士の通話は無料。Facebookのメッセージをやり取りするMessengerも実は通話アプリとしても優秀で、もちろん無料。相手の携帯メール、PCメールとはG-mailで無料。

 どうしても電話番号に掛けなければならない場合はSMARTalkというアプリを使って30秒8円で通話。基本料金はありません。海外への通話も同じ料金なのです。実は今回もフィリピンからこのSMARTalkを利用して一件仕事の電話を掛けている。

 電話番号は050から始まる固定番号を取得できるため、相手も日本から電話をかけることができる。

 SIMフリーやらWi-Fiやらを語らせたら朝まで喋ってしまう私イシカワが、今日は皆さんにとっておきのアイテムをご紹介します。それがこちら。

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 Amazonで購入したモバイルWi-Fiというもの。金額にして約20,000円。高っ!でもこの子。非常に優秀なんです。

 前述のように、海外に行ったときの連絡ツールはすべてアプリ頼り。Wi-Fiがなければイシカワは完全に迷子。電話もアプリ、メールもアプリ、LINEもSkypeももれなくアプリなんです。Wi-Fiがなければ生きていけません。

 これまでは、空港でレンタルWi-Fiを借りて海外には行っていました。Wi-Fiがないとホントに何もできないので。ホテルから一歩も出ることができなくなってしまうので。

 ところがこのレンタルWi-Fi、高い!1日980円とか平気で言ってくるのです。高くないですか?でも、Wi-Fiがないと何もできないし・・・。iPhoneを海外で使えるようにするには、ソフトバンクに最低1日1980円払わなければなりません。こんなのは論外!

 どちらにするかと問われれば、レンタルWi-Fiを空港で借りて行った方が安いので、仕方なくそうしていました。

 ところがどっこい!今回の出張ではその悩みから遂に、見事に解放されました!上の写真のマシーンを使って。

 SIMフリーとWi-Fiを語らせたら朝までしゃべっちゃう石川。今日も危うく朝までブログを書いてしまうところでした。いい加減にしておきます。続きは次回。それでは。

最終回・はじめての喪主物語

「実録・はじめての喪主物語」深夜に父が他界。そこから大慌てで葬儀場を手配し、方方に電話をかけ、葬儀のお知らせ。祭壇だの、花だの、香典返しだの、遺影の写真だのと葬儀場の人とみっちり打ち合わせ。結婚式の打ち合わせを一晩でやるみたいなものです。バタバタで迎えた通夜を終え、深夜までのお食事会。仮眠して朝からお葬式。父の遺体と一緒に霊柩車に乗って火葬場到着。いよいよ最終回です。

第1回 実録・はじめての喪主物語 (もしゅものがたり)

第2回 続・はじめての喪主物語(もしゅものがたり)

火葬場でのお話はガッツリ省略させていただきます。ダラダラと長すぎるので。ざっくり以下のような流れです。

    1. 焼き場に入る前に最期のお別れ的な感じで、少し時間がとられました。
    2. いよいよ父の棺が焼き場に納められます。
    3. 「点火スイッチを押す」という喪主・イシカワにとっての大仕事が待っていました。これが結構辛い。身体的疲労&精神的疲労のピークです。
    4. 火葬が終わるまで葬儀場に戻って仕出し弁当で昼食会です。少し休憩をして再び火葬場に戻ります。
    5. 火葬場に到着すると、骨になった父と初対面です。あぁ、本当に父の人生は終わったんだな、と実感します。
    6. 父のお骨を箸で代わる代わる骨壷に入れていきます。あぁこれで終わったんだ!という実感が湧きました。
    7. 葬儀場に再び戻って初七日法要というお経を再びです。ここは身内だけでまさかの家族全員爆睡だったそうです。(後方に座っていた親戚談)
    8. 自宅に帰って香典の計算、参列してくれた方の住所録の作成
    9. 葬儀場に行ってお葬式代の精算(250万円程だったと記憶)
    10. お寺に行って、7日法要、月命日のお参りの依頼
    11. ・・・

父の人生も、初めての喪主もこれで終わり。相続もこれで終わり。やっぱり相続って大変なんだな、と一息ついていました。 渦中の社会人3年目・喪主・イシカワにはわかりませんでした、これはまだ相続の入り口であるということが。このあと人生崩壊の悲劇が待っているなどとはこの時点では思ってもおりません。

今回のお話は、8年前26歳のイシカワが父の葬儀ではじめて喪主をつとめたときのお話。次回からは、その相続で人生崩壊の危機を迎えた実録・2代目ド素人社長イシカワの悲劇の物語であります。

会社会計のプロである税理士さんをして「本になる!」「うちのクライアントのためにセミナーを開いてほしい!」と言わしめた、相続および自営業相続の生きる失敗例であるわたくしイシカワのノンフィクション物語です。

親が自営業の方、胃薬をご用意の上お読み下さい。うちに限っては大丈夫。そう思っているそこのあなた!危険です!早速ブックマークを!わたくし全く同じことを考えておりました!なぜなら「おれが死んだら、お前たちは生命保険で金持ちだな!はっはっはっ!」と高笑いしていた父の息子は、その相続でボッロボロになりましたからね。

「あっ、そういえば実家の住宅ローンがまだ残っている!」と葬儀のあと思い出しました。団体信用生命保険の手続きをしなければ!さすがたった3年とは言え、契約件数100件ピッタリ不動産売買を担当した宅地建物取引士イシカワ、父の住宅ローンがあることによく気がついた。

あれ?団信の手続きってどうやるんだ?親父ってどこの銀行で借りてるんだ?

「ご主人が亡くなったら住宅ローンはチャラになりますよ!」

お客さんにはそうお伝えしておいて、いざ自分の親が亡くなったとき、どの銀行で住宅ローンを組んでいるのか、どうすればチャラにしてもらえるのかさえ知らない・・・なんて無責任な(汗。不動産の営業マンなんて所詮はこんなものです。今回はここまでです。それではm(__)m

喪主&2代目ド素人社長 イシカワ

 

 

 

遺産整理のグランアシスト 石川良典

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No.2  実録・はじめての喪主物語 (もしゅものがたり)

No.3  続・はじめての喪主物語(もしゅものがたり)

続・はじめての喪主物語(もしゅものがたり)

「実録・はじめての喪主物語」は読むだけで寝不足になる、という感想をいただきます。その通り、喪主は常に寝不足なのです。

深夜に父が他界したとの知らせを受け、葬儀の準備がスタート。ようやく通夜が終って一安心。その間、ほとんど寝る暇はありませんでした。これでようやくゆっくりできると思っていました。本当にそう思っていました。あとは葬儀だけだと・・・甘かった。

前回のBlogはこちら⇨実録・はじめての喪主物語 (もしゅものがたり)

通夜の後、「ささやかながらお食事をご用意いたしましたので・・・」という喪主イシカワの合図で、親族や父と親しかった方々などなどが別室に集まって、軽いお弁当みたいなものでお食事会が開かれました。あれから何度か通夜に参列しましたが、やはり通夜の後はそのような簡単なお食事会があるようです。お酒も振る舞われます。「本日はお忙しい中・・・」と瓶ビールを持って挨拶周りをするモス・イシカワ。喪主をモスと打ってしまいましたが、それ位ヘロンへロンになるということです。思い出すだけで辛いわけです。

なんだかんだで時間は過ぎ、最後にお帰りになる方を深夜にお見送り。葬儀場にあるシャワーを浴び、後片付けをして、明日のご挨拶の定型文に目を通して、就寝です。ようやく眠れる、ようやく・・・と瞬きをした瞬間、朝でした。高校時代のラグビー部地獄の合宿を思い出すほどの瞬きモーニングです。

いよいよ葬儀が始まりました。通夜と違い、葬儀は午前スタート。本日もありがたいことに大盛況。眠さは通夜の比ではありません。お経というヒーリングソングが疲れた身体に心地よく眠気はピークに。それでも大勢の前で喪主が寝るわけにはいきません。心はもうそこにはありませんが、目だけは全開にすることだけを心がけ、とにかく時間が過ぎるのを待ちました。お焼香が始まるとやることは通夜と同じ。立ち上がってひたすら頭を下げるのです。これがかなり辛い。何度も脚が攣りそうになり、こっそりアキレス腱伸ばし。横を見れば、家族一同ボロボロです。父が亡くなった悲しみよりも、この疲労感が堪えます。でも、わたしは知っている。あなたたちは喪主よりもたくさん寝ていることを・・・。それはさて置き、

有難いほど長蛇の列だったお焼香も終わり、ついに出棺の時であります。と、その前に喪主の最後の挨拶。どうも皆さん、父のためにありがとうございます的な感じで終了。いよいよ出棺であります。なんて呼ぶのでしょうか、あの木の板に漢字がつらつら書いてあるあれを喪主・イシカワは持ちます。そして、母は父の写真を。そんな感じだったと思います。父が大好きだったエリック・クラプトンのオーバー・ザ・レインボーがBGMとして流れてきます。最近の葬儀はオシャレです。ここでみなさんの涙もピーク。喪主の疲労もピーク。最後のお別れであります。

ここで母が一発ボケてくれました。「本当に奇跡みたいだね!このタイミングでお父さんが大好きだった曲が流れるなんて!」。綿密なる打ち合わせのもと、この曲を選び、満身創痍の中、実家にCDまで取りに行った喪主・長男イシカワの苦労を知らないのか、と気がついたら手がグーになっていました。26歳であやうくグレるところでありました。

ふうぁ〜〜〜ん。という霊柩車の合図で出発です。霊柩車の助手席、人生初体験であります。老若男女、津々浦々に一斉に手を合わされます。まるでなにかの教祖になったような不思議な気持ちになりました。それはさて置き、向かうは火葬場。車で約30分。ここで、運転手をしてくれている葬儀会社の方に、勇気を出して質問です。「あの〜寝てもいいですか?」

目を開けるとそこは火葬場。30分間の快適なドライブ。漢字がいっぱい書いてある木の板にはヨダレが・・・。それは今までひた隠しにしてきた事実。そうそう、遺体を火葬するためには役所に死亡届を提出して、火葬許可というものをもらわなければなりません。詳しくは役所のHPでも見ることができますが、いきなり行って焼いてもらうことはできない、ということだけでも覚えておくといいと思います。参考まで⇨名古屋市:葬儀・死亡(暮らしの情報)

さあ、これで通夜、葬式は無事に終わりました。この火葬場で最後・・・。いやいや、まだまだ終わりませんよ。過酷な喪主合宿はまだまだ続きます。今日のところはこの辺で失礼します。続きはまた次回にします。それではm(__)m

喪主・イシカワ

遺産整理のグランアシスト 石川良典

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